占いを始めた私が、実家で知った驚きのルーツ
初めに
今日はちょっと面白くて不思議なお話です。
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占いをしていると、「霊感はあるの?」と聞かれることがよくあります。
私は、スピリチュアルなことに、全く興味がなく
時々、手相や星座占いを見ても
良いことだけ信じて、あとは忘れちゃいます。笑
ルノルマンスクールの先生がルピリチュアルぽいことを私に言っても
全く通じないことに驚かれたほどです。
「あなた、じゃあなぜカードリーディング始めたの?」
と聞かれ、声解析をしてもらったらすごくバランスが良くって
「カードリーディングできるんじゃない?」
と言われて何が何だかよくわからないうちに、すぐに始めたら「できた!」
と言う具合というのを先生に伝えると
「普通の人がこの世界に入ってくれることはすごく嬉しくて、今後の発展にも良いこと!」
と言われました。笑。
正直、私は特別な霊感があるとは思っていません。ただ、カードを通じて感じることや、直感的に分かることはあります。
それは、今までの人生経験が関係しているのかと思います。でも、まさか自分の家族にもそんな力が関係しているとは、考えたこともありませんでした。
まさかの告白!母の不思議な力

今年、実家に帰ったときの出来事。
私が母に「占いをしていて、しかも占いの先生にもなったのよ」と報告すると、母は驚くどころか、さらりとこんなことを言った。
「あら、誰にも言っていなかったけれど、お母さんも何か見えるのよ。夢で宝船を見ると翌日、お金が入ってきたり、人を見ても大体どんな人かわかるの」
…えっ?何それ!?
私にとっては衝撃的な発言だった。
霊感や直感が鋭い人がいることは知っているけれど、まさか母がそういう力を持っていたなんて、今まで一度も聞いたことがなかった。思わず「えええっ!」と声を上げてしまった。
しかも、母の話は続く。
「そうなのよ。昔からそういう夢を見ると、大体的中するの。例えば宝船の夢を見た翌日、お金が手に入ったり。人と会ったときにも、なんとなくその人の性格やこれからの行く末がわかるのよね。」
母の話を聞いているうちに、ふとあることを思い出した。
「あれ?それって、おじいちゃんの方が
そんなもっと変なことをよく言っていたことに似てない?」
そう、おじいちゃんも不思議なことをよく言っていたのだ。
そういえば…おじいちゃんも不思議だった!
母「そうよ。おじいちゃんは占い師ではではなかったけれど
よく、近所の人を見てあげてお礼にと日本酒を持ってきてくれたから
あの家には日本酒がいっぱい置いてあったのよ」
爆笑しました。
でも、思い出してみると
ある日、家の玄関の前に立っていたおじいちゃんが、真顔で言った。
「ここにね、汚いものがあるんだよ。これは無くさなくちゃいけない。」
…え?玄関に汚いもの?何のこと?
そのときはよくわからなかったけれど、おじいちゃんは本気だった。そして、何か特別な方法でその「汚いもの」を払った後、家の雰囲気が変わったように感じた。
それから、なぜか「だるま」の絵をよく書いていました。
ちょっと怖い感じの絵に感じました。
あれはなんだったのでしょう?笑

それだけではなく、おじいちゃんは「こっちの神様はこの方角に置いたほうがいい」とか、方角や気の流れにとても敏感だった。
そして、祖父が入院していたときのこと。
呼び出されたかと思ったら、
「何処かの狐と狐が仲良くしているから…」
という、まるで異世界の話のようなことを言っていた。
普通なら「何言ってるの?」と聞き流してしまうような話。でも、母の話を聞いた今となっては、おじいちゃんの不思議な言葉にも何かしらの意味があったのかもしれない。
そして、その話を母にすると、さらなる驚きの事実が明かされた…。
衝撃!曾祖母は本物のイタコだった!?

「実はね、おじいちゃんのお母さん、イタコだったのよ」
母のこの一言に、私は思わず固まってしまった。
確かに、母の実家は秋田で、青森との県境でした。
それにしても
えっ…?曾祖母がイタコ?
イタコといえば、青森県の恐山で口寄せをする霊媒師のこと。私はテレビや本でしか知らなかったけれど、まさか自分の家族にイタコがいたなんて思いもしなかった。
母は続ける。
「おじいちゃんは占い師ではなかったけれど、人をよく見ていたでしょう?それも、曾祖母の影響があったんじゃないかと思うの。曾祖母は若い頃から霊感が強くて、村の人たちの相談に乗っていたのよ。」
単なる偶然かと思っていたけれど、それは曾祖母がイタコとして人の相談を受け、助けていたからなのかもしれない。
イタコとは?

イタコとは、主に青森県恐山で活動する女性の霊媒師のこと。彼女たちは「口寄せ(くちよせ)」という儀式を行い、亡くなった人の霊を降ろして遺族に言葉を伝えるとされている。
かつては視覚障害を持つ女性が修行を経てイタコになることが多く、霊的な力を受け継ぐ存在として地域で尊ばれていた。イタコになるには長年の修行が必要で、独特の経文を唱えながら霊を呼び出す。
現在ではイタコの数が減少しつつあり、恐山の祭りのときにのみ姿を見られる貴重な存在となっている。
「朋にうつっちゃったかしら?」
母は冗談っぽく笑ったけれど、私は爆笑しながら「うつってないよ!」と返した。
でも、占いをするようになった自分を振り返ると、曾祖母やおじいちゃんの影響を少なからず受けているのかもしれないと思ったのだった。
占いは血筋なのか?受け継がれた「おせっかい気質」

霊感や占いの能力が血筋によるものなのか、科学的な証拠はない。でも、家族の中に何代にもわたって「人の役に立ちたい」という気持ちが根付いていたのは確かだ。
曾祖母はイタコとして村の人を助け、おじいちゃんも周りの人の相談に乗り、母もまた直感的に人を見抜く力を持っている。そして今、私は占いを通して多くの人の悩みを聞き、アドバイスをしている。
占いとは、単なる未来予測ではなく、人の悩みを聞き、寄り添い、導くこと。それは、まさに曾祖母やおじいちゃんがしていたことと重なる。
これはただの偶然だろうか?それとも、家族に受け継がれた何かが私にも影響を与えているのだろうか。
血筋はともかく、確かなのは「人のために何かをしたい」という思いが自然と私にも根付いていたということ。曾祖母やおじいちゃん、そして母のように、私もまた、誰かの力になれる存在でありたいと思った。
これからも、人の悩みに寄り添い、少しでも前向きな気持ちになれるお手伝いができればいいなと思う。
まとめ:受け継がれる力と私の使命

こうして振り返ると、曾祖母、おじいちゃん、母、そして私へと、何かしらの「力」が受け継がれてきたのではないかと感じる。霊的なものか、直感的なものかは分からないけれど、「人の役に立ちたい」という思いは確かに家族の中に根付いている。
イタコであった曾祖母は、村の人々の悩みを聞き、助ける存在だった。おじいちゃんも、神仏や見えない力を大切にし、周囲の人の気持ちを察することができた。そして母も、夢や直感を通じて何かを感じ取り、人を助けていた。
そんな家族の流れを考えると、私が占いを通して人の悩みに寄り添っているのも、決して偶然ではないのかもしれない。
霊感や占いの力が血筋によるものなのか、科学的な証拠はない。それでも、人のために何かをしたいという気持ちが家族を通じて受け継がれているのは間違いない。
これからも、私はこの力を活かしながら、人々の悩みに寄り添い、導くことを続けていきたいと思う。曾祖母のように、直接霊を降ろすことはできなくても、私なりの方法で誰かの道を照らす存在になれたらいい。
もしかしたら、それこそが、私に与えられた使命なのかもしれない。
それにしても、今更になってこんな話を聞くって
面白い!!
お花を始めたのは、私の実家が造園会社の農園の中にポツンとあって
自然とお花を始めました。
今やっているビジネスセミナーは、教室をやるために色々学んでいたら
自然と、教えられるようになっていました。
占いもこんな自然な流れがあったとは!
楽しい人生です。
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